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僕は濃い霧で有名な街に住んでいます。

 

人間嫌いを克服する為の心の癒し方、乗り越え方3

 

展望台からの夜景はデートスポットの名所となっています。

盆地なので夏の花火大会は見た目の鮮やかさだけでなく、

胸に響くような独特な身体感覚も楽しめます。

 

 

人間嫌いを克服する為の心の癒し方・考え方

 

少し長くなりますが、僕のこれまでの人生を開示させていただきます。

あなたの大切な時間に、お付き合い頂けることに感謝いたします。

 

 

 

幼い頃より家庭環境は悪く、

父と母はほとんど毎日のように喧嘩していた。

いつも怒鳴り声を部屋で聞いていた。

 

そんな学生時代を過ごしていく中、

高校1年になった僕は突如として家族との会話を一切しなくなる。

性格を180度変えた。

 

どこにでもいる普通の少年が、急に喜怒哀楽を全く表現しなくなった。

自分の心がまるで鉄仮面のような冷たさに染まってしまった…

 

心に仮面を付けることでやがて自分が仮面を付けていることすら分からなくなる。

この頃に体験したことは、

微かにある戻りたい気持ちを持ちながら、

ずるずると悲しみの底へと堕ちていく感覚・・・

暗闇の沼の底に引きずり落ちるような気持ち・・・

 

そして、

 

戻れなくなった

180度変わった自分の性格が標準化してしまった。

 

時は流れ、遂に家庭崩壊が起きた。

家族はバラバラになり兄だけは父と実家に残った。

 

そして、

 

実家に残った兄と父の確執が悪化。

父は兄を斧で切りつける障害事件が発生。

父は警察に逮捕され、兄は病院へ搬送・・・

 

実はその夜、

僕は実家に車を走らせた。

着いたのは事件の後だった。

 

付けっぱなしの電気、開いたままのドア、床の血・・・

この時に感じたのは、

無音の空間、時が止まった感覚だった・・・

 

 

 

20代中盤までの僕は、常に孤独だった。

他人とのコミュニケーションの取り方が分からなかった。

他人と会話をするとき、いつも焦って愛想笑いをして自分を誤魔化していた。

そんな自分が嫌いで仕方がなかった。

 

一人のときの自分とのあまりのギャップに悩むことを通り越して逃げることを選択していた。

いつしか他人と接する機会がなくなり、

2,3人の友人のみの付き合いだけになる。

当時の僕はこんな感じだった。

 

なんでこんな気持ちにならんといけんのんじゃ!!

全て世の中のせいじゃ!

俺には所詮無理

この世の人間全てが当たり前のようにやっとることが、俺にかなわん

なんで俺だけこんなに不幸なんじゃ・・・

 

そして心のモヤモヤが強くなると

 

この世の人間皆死ねばいいのに!!

 

とよく思っていた。

 

 

 

24才の時、母に異変が起こった。

いろいろあった家庭だが、

親父から離れて家族が全員集まり、

ようやく安堵を取り戻そうとした矢先のことだった。

 

母が急に倒れ込み、

そのまま救急車で運ばれ、

そして医者から告げられた言葉が、

余命半年の宣告。

 

その原因は、

末期の癌だった。

 

だが、わずか二か月で他界した。

この二か月間、毎日病院に通っていたが、

 

僕は何も感じなかった・・・

母が臨終を向かえたそのときも悲しみの一つも感じなかった・・・

 

母の葬儀が終わり、

 

 

数日が経ったある日

 

 

鈴虫が鳴く静かな夜

 

 

湯船に浸かりながら

 

 

ゆっくりと自分の手のひらを

 

 

じっと見つめ

 

 

 

・・・俺は・・・

 

 

・・・人の血が通っているのか・・・

 

 

 

そんな思いから

 

なんとかせんといけん・・・

 

とより強く思うようになった。

それは母の亡くなる以前から感じてはいたが、

このままの自分では絶対に生きてはいけないと強く感じるようになった。

 

そこから決意をして、

何を求めて良いかわからないけど何かを求める旅に出ることになる。

 

 

 

2008年3月、NLP実践心理学を学びはじめる。

2011年1月よりコーチングを学びはじめる。

ここより自分の中の恐れと向き合うことになる。

そして金がない日々が続いた。

 

貯金も無く借金の返済とその日の生活費でギリギリの状態が続いた。

給料日前は食費すら捻出できない。

 

金がない・・・クソ!金がない・・・

 

と車のハンドルを握りながら、

ぼやいていた。

 

とにかく現状を変えたくて仕事を増やし、

心を鍛えるために過度に武道の鍛錬をして、

自分の限界に挑戦して無理なことを続けた。

 

そして本業とアルバイトの掛け持ちをしていた僕は、

過労により居眠り運転をして大事故を起こした!

 

深夜3時、

空手の試合が終わった数日のことだった。

この日は身体がいつもと違うのは自覚していた。

 

今日はマジでヤバいで・・・

 

あまりに身体がしんどかったので、

路肩に停めて仮眠をした。

しかし、ベッドで寝たほうが疲れも取れやすいと思ってまた車を走らせた。

 

そして次の瞬間、フッと意識を失ってしまった。

意識を失ってほんの数秒のことだった。

 

ゴーン!!?

 

「!?」

 

何かにぶつかった衝撃。

朦朧とする意識、

 

そうか…やってしまったんだな…

 

暗闇の中、

明らかに普通の走行とは違う感覚、

 

それは、

 

車がずるずると横にずれ落ちていく感覚だった。

 

そして更に、車体の左側が浮きはじめた。

車が横回転しはじめた。

それが何度か繰り返した。

もう成す術はなかった。

逆さの状態でようやく動きが止まった。

天井の窓の脇から、水が浸み出してきた。

 

川に落ちたのか…

 

そう思った。

そして僕の車は大破して、

昔に買っていた高級時計も無くした。

おまけに5万掛けて直したカーナビも僅か1ヶ月で壊れた。

 

この事故の数日間、

僕は何も考えることなくボーっとして過ごしていた。

 

そして、

 

ああ、もう無理はすまぁ・・・

 

そう深く感じた。

 

 

 

この2009年と2010年は思い出せば相当辛い日々を送っていた。

だが2011年以降も辛い日々はかたちを変えて訪れた。

まだまだ書ききれない程の貴重な体験はたくさんあります。

それは同時に奇跡と思えるような素晴らしい体験もしました。

 

その中のひとつは

 

ことごとく現れては救われた経験があります。

 

例えば

 

2011年にコーチングを学びはじめたのですが、

あるセッションがキッカケでトラウマになり、

セッションが出来なくなってしまいました。

僕は数か月間うつ状態になりました。

 

その時、僕の心を救ってくれた人がいました。

その人はコーチングを使って僕の感じていることを自由に話させて、ただ聴いてくれました。

あのときの感動は今でも忘れられません。

 

このように奇跡と思えることを何度も味わいました。

鬱から僅か数か月で抜け出せることができたのもその人のお蔭です。

 

本気で生きれば、必ず何かのかたちで手を差し伸べる人が現れる。

 

これは僕の信念のひとつです。

 

これまでのべ300人以上、約500時間以上相談を受けてきました。

僕のコーチングで行ってきたことは、

クライアントの心をただ聴くことだけです。

 

クライアントに自由に話してもらい、

クライアントが気付いていない本当は何を望んでいるのかの本質を聴く。

 

そしてそれを伝えるだけ。

ただそれだけです。

 

そうすると

 

言葉で言い表せない間の空間ができます。

 

僕はそれまでの過程も含めてその空間が大好きです。

今は限られた友人達にのみ、無償で提供しています。

 

今の僕のできることは、

ブログという媒体を通して本音で心の本質を伝えることです。

人生探しの旅を終わりにして、自分の本当の役割に目覚めたいなら、

どうぞ僕をご利用下さい。

 

心に響くものを