毎日何かを継続していれば、

やがて自分の弱さと向き合わなければいけなくなってきます。

毎朝ランニングすることだって、

毎日読書することだって、

毎日ブログを書き続けることだって、

 

かんたんなものじゃない!

 

今日はなんだか身体がダルい…

気分が乗らないから休みたいときもある…

友人との遊びの約束が…

 

それでも明日の希望を信じて自分と向き合う。

そうすることで、やがて差してくる光を信じて前に進む。

 

もし、あなたの目の前に言葉を話せない人が現れて、

その人はあなたの助ける力があるのだけど伝える手段がない。

そんなとき、その人はどうあなたにメッセージを送ると良いだろうか?

 

身振り手振りで必死に伝える?

 

それでも気づいてもらえなかったら?

 

大きな紙に文字を書いて見せてみる?

 

それでも気付いてもらえなかったら?

 

自分を楽しい場所に連れて行ってくれる迎えは、

来なかったのではなく別のところに既に来ていた。

本田健

 

 

「自分に打ち勝つ!」あなたはその意味が分かりますか?

 

 

神様がいるとすれば見放しているわけではない

 

神様は僕たちのことを見放しているのではなく、

常にサインを送り続けているということです。

 

自分に負けそうになったときだって、

それは変わることなく送り続けています。

 

ただ、僕たちが想像していることよりも違うかたちで送りつづけているようです。

そしてそのサインに気づかなければどんどん強度が増していくようです。

 

なぜなら、

 

どんどんツラさの強度を上げることで、あなたに気づかせるためだからです。

あなたがツラいと思える状況には、そんな意味があるのです。

 

「このツラさで自分は何に気づく必要があるのだろうか?」

「ここでこのような経験を積むことにどんな意味があるのだろうか?」

 

このように出来事にたいする意味づけを変える視点が大切なのです。

 

ですが、

 

「だったらもっと分かりやすいかたちで教えてくれよ!」

 

そう思いませんか?

わざわざなんで、まわりくどいメッセージの伝え方をするのだろう?

もっと分かりやすく教えてくれればいいのに…

 

 

抵抗するからメッセージが受け取れない

 

僕たちは今を生きるのに必死です。

 

ムリに仕事をがんばったり、

価値観の合わない人間とムリに合わせたり、

本当にしたいことでもない付き合いにムリに参加したり、

 

ムリをし過ぎてしまいます。

僕もそんなムリする人間のひとりで、

2014年3月下旬、ついに頭がパンクして会社を行かなくなってしまいました。

ツラい人間関係、苦手な夜勤、過酷な時間外勤務、合わない労働環境、

 

ツラい、ツラい、ツラい、こんなのムリだ…

 

そんな日々を3年間もムダに過ごしてしまった…

 

心が悲鳴を上げているのに、心に抵抗してムリし過ぎていました。

心がツラいと悲鳴をあげているのなら、それがメッセージです。

そしてそのメッセージを受け取ることを「受け入れる」と言います。

 

エゴや見栄をあきらめて、素直に自分の弱さを受け入れる。

 

ムリしてがんばる自分をあきらめて、本当のしたいことを受け入れる。

 

 

あるがままを受け入れる

 

神様と比喩しましたが、

メッセージの正体は潜在意識のことです。

 

潜在意識は感覚が言語の役割をします。

 

なので、伝えるメッセージもツライ感覚や嫌な気持ちだったりするのです。

 

だけど僕たちは言葉じゃないから、ついつい軽視してしまうのです。

 

本当は何よりも大切なメッセージのはずなのに…

 

メッセージを受け取ったら、あるがままの状態を許すことです。

つまり、恥ずかしい、かっこ悪いというエゴに自ら敗北宣言をするということ。

 

心のメッセージに抵抗するということは、

恥ずかしい、かっこ悪いというエゴに抵抗しているということです。

誰だってみっともない姿を見せるは恥ずかしいし、かっこ悪いことだと思います。

 

だけど、僕たちは自分の思い込みに振り回されていただけのことで、

心の執着を手放し、エゴに敗北宣言をした瞬間から、

 

実は思っていることとは事実は違うことに気づかされる。

 

「なんだ、思っていたほどたいしたことじゃなかったんだ…」

 

グッと肩の力が抜けた瞬間、気持ちがとてもラクになり、

新しい新鮮なエネルギーが身体の何に入っていくかのように、

生き方がスッと変わっていくことを実感できます。

 

自分に打ち勝つとは、ありのままの自分を受け入れること。

 

不要な心を手放してラクになれることを祈っています。